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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)2396号 判決

原告 武藤峯子

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 大池龍夫

同 大池崇彦

被告 若山宏司

右訴訟代理人弁護士 加藤謹治

被告 國光工業株式会社

右代表者代表取締役 稲垣秀憲

右訴訟代理人弁護士 冨島照男

同 熊崎みゆき

右冨島訴訟復代理人弁護士 成田清

同 清水政和

主文

一  被告らは各自、

原告武藤峯子に対し金一六、四八一、一一六円および

うち金一五、四八一、一一六円に対する昭和四二年九月五日から、

うち金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から、

原告武藤敏夫に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年九月五日から、

原告武藤啓子に対し金五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年九月五日から、

いずれも各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告武藤峯子のその余の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告武藤峯子の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は原告ら各勝訴の部分にかぎりそれぞれ仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告ら

1  被告らは各自、

原告武藤峯子に対し金五四、七二七、〇二二円

原告武藤敏夫に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告武藤啓子に対し金五〇〇、〇〇〇円

および右各金員に対する昭和四二年九月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら

請求棄却ならびに訴訟費用原告ら負担の判決。

第二原告らの請求原因

一  交通事故の発生

1  日時    昭和四二年九月五日午後一時五五分ころ

2  場所    愛知県海部郡大治村大字堀之内字大堀二六〇番地の二先交差点

3  被告車両甲 被告若山運転の普通貨物自動車(名古屋四ま六二二五号)

4  被告車両乙 訴外酒向政弘運転の普通乗用自動車(名古屋五さ一八八八号)

5  原告車両  原告峯子の運転する足踏自転車

6  態様    被告車両甲、乙が右交差点内で衝突し、その反動で被告車両乙が原告車両に衝突したもの。

二  本件事故による原告峯子の負傷と治療経過

(一)  傷害

脊髄損傷、第六、第七頸椎脱臼等

(二)  治療経過

本件事故発生の日から本訴提起時(昭和四五年九月四日)現在もなお名古屋第一赤十字病院に入院中。

常時就床、病状の回復の見込みは全然ないが生命に対する予後きわめて不良のため、終生病院生活を続けなければならない状況にある。

(三)  後遺障害

両上下肢および躯幹の完全麻痺、屎尿失禁の状態にある(一級)。

三  帰責事由

本件事故は、被告若山および訴外酒向の共同不法行為に起因するものであるが、被告若山は被告車両甲の、被告会社は被告車両乙のそれぞれ所有者であるから、いずれも運行供用者として、本件損害賠償責任がある。

四  原告峯子の損害

(一)  治療費 金三、八九四、五九五円

但し、昭和四五年九月一日から昭和四八年四月末日までの分。

(二)  付添看護費 金二、三〇三、四七二円

但し、昭和四五年九月一日から昭和四八年四月末日までの分。

(三)  付添人蒲団借賃 金二四、三二五円

但し、昭和四五年九月一日から昭和四八年四月末日までの分。

(四)  雑費 金二二四、〇〇〇円

但し、一か月平均七、〇〇〇円の割合による昭和四五年九月一日から昭和四八年四月末日までの分。

(五)  将来の入院治療費、付添看護費、雑費 金三八、三六一、〇五五円

原告峯子は、昭和一〇年八月一四日生れで、昭和四五年九月現在三五歳であるが、厚生省大臣官房統計調査部の生命表によれば、同女の平均余命は三九・四八年であるから、今後同女が余儀なくされる入院生活は少なくとも二〇年間を下らないものと考えられ、したがって、昭和四八年五月以降昭和六五年八月までの一七年間(一年未満切捨)次のような損害を受けることになる。

1 入院治療費 金二二、五〇七、九五六円

同原告の名古屋第一赤十字病院における入院治療費は、昭和四八年五月以降一か月平均金一五六、〇〇〇円であり、一か年金一、八七二、〇〇〇円となる。

以上に基づき、一七年間の損害をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価に換算すると頭書の金員となる。

2 付添看護費(食事代蒲団代を含む) 金一四、八三三、一四〇円

同原告の右病院における付添費は一日金三、三六五円(付添人の食事代二〇〇円および蒲団借賃二五円を含む)であり、一か年金一、二二八、二二五円となる。

以上に基づき、一七年間の損害をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価に換算すると頭書の金員となる。

3 雑費 金一、〇一九、九五九円

同原告の右病院における雑費は、一か月平均七、〇〇〇円を下らず一か年金八四、〇〇〇円となる。

以上に基づき、一七年間の損害をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価に換算すると頭書の金員となる。

(六)  逸失利益 金六、八一九、五七五円

同原告は、前記後遺障害のため、労働能力を完全に喪失した。

同女は、事故当時、三二歳の主婦であり、六〇歳まで二八年間就労可能であった。

同女の事故当時の家事労働力を労働省労働統計調査部の賃金構造基本統計による女子労働者の平均賃金を基準として評価すれば、一か月金三三、〇〇〇円であり、一か年金三九六、〇〇〇円となる。

以上に基づき、同女の将来二八年間の逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価に換算すると、金六、八一九、五七五円(円未満切捨)となる。

(七)  慰藉料 金七、六〇〇、〇〇〇円

1 傷害に対する慰藉料

同原告は、本件事故による負傷のため、事故発生日である昭和四二年九月五日以降引続き入院生活を続けており、同女が傷害のために蒙った精神的肉体的苦痛は甚大であって、これが慰藉料は金三、六〇〇、〇〇〇円を下らない。

2 後遺障害に対する慰藉料

同原告の前記後遺障害(一級)は、将来回復の見込みはなく、これが慰藉料は金四、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

(八)  計 金五九、二二七、〇二二円

(九)  損害の填補 金六、五〇〇、〇〇〇円

同原告は、自賠責保険から金六、〇〇〇、〇〇〇円および被告若山から昭和四七年一一月二七日金五〇〇、〇〇〇円、合計金六、五〇〇、〇〇〇円を受領したので、これを金五九、二二七、〇二二円から控除すると残金五二、七二七、〇二二円となる。

(十)  弁護士費用 金二、〇〇〇、〇〇〇円

同原告は、弁護士である原告訴訟代理人に本件訴の提起、遂行を委任し手数料として金一、〇〇〇、〇〇〇円、報酬として金一、〇〇〇、〇〇〇円を支払うことを約した。

(十一)  合計 金五四、七二七、〇二二円

五  原告敏夫の慰藉料 金一、〇〇〇、〇〇〇円

同原告は、原告峯子の夫であり、夫婦の間に長女武藤啓子(昭和三七年一一月二三日生)があるが、原告峯子が本件事故によりいわゆる生ける屍となったため、原告らの家庭の平和は完全に破壊され、原告敏夫は子供を抱えて全く途方に暮れている状況にあり、同原告が受けた精神的苦痛は妻が死亡した場合に比して勝るとも劣らないものであって、これが慰藉料として金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を求める。

六  原告啓子の慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円

同原告は、実母峯子の入院生活により四歳の時から一般家庭の子女と異なり、母親の慈愛に浴することができなくなり、同女が受けた精神的打撃は相当深刻なものがあり、これが慰藉料として金五〇〇、〇〇〇円の支払を求める。

七  むすび

よって、被告ら各自に対し、

原告峯子は本件損害金五四、七二七、〇二二円

原告敏夫は同金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告啓子は同金五〇〇、〇〇〇円

および右各金員に対する事故発生の日である昭和四二年九月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

第三請求原因に対する被告若山の答弁

一  請求原因一項(交通事故の発生)の事実は認める。

二  同二項(本件事故による原告峯子の負傷と治療経過)の事実は認める。

三  同三項(帰責事由)の事実は認める。

四  同四項(原告峯子の損害)のうち、原告峯子の年令および同女が目下入院中で不自由を忍んでいる事実および損害の填補の事実は認めるがその余の事実は否認する。

原告峯子は主婦で定職を有しないから治療実費ならびに慰藉料請求はともかく積極的な逸失利益は多く見ないのが普通である。しかも、原告らの請求は、原告の生活費を控除することなく、六〇歳まで生存するものとして計算をたてて居るが、今後二八年間の余命年数を見越すことはまさに酷なことではあるが適当でない。せいぜい通常予測出来る三年毎位で区切り三年先の状況に応じ再訴によりその都度都度適当な金額を請求されるのが至当である。

被告若山は現段階で見とおしの可能な範囲で、しかも事故と相当因果関係の存するいわゆる通常損害の支払には応ずる義務は負うが、原告峯子が今後二八年間も生存し難いことは公知の事実であり、しかも、三年先以上の同原告の容態なり治療方法なり看護状態の変化はもちろん、生命の保証さえされない本件の場合、不確かな予測下に最高限度の補償請求には応ぜられない。

なお、被告若山は、相被告とともに、本訴請求外の治療費等として、すでに金一、八一二、二一七円の支払をなしており、原告らに徳義上陳謝したい気持は有するが、何分にも農業に従事する者で資力に限りがあり、被告若山としても、できるだけ誠意を尽したつもりである。

五  同五項(原告敏夫の慰藉料)の事実は否認する。

六  同六項(原告啓子の慰藉料)の事実は否認する。

第四請求原因に対する被告会社の答弁

一  請求原因一項(交通事故の発生)の事実は認める。

二  同二項(本件事故による原告峯子の負傷と治療経過)の事実は認める。

三  同三項(帰責事由)の事実は認める。

四  同四項(原告峯子の損害)の事実は否認する。ただし、損害の填補の事実は認める。

(一)  将来の治療費、付添看護費用について

1 原告は、原告が将来五五才まで生存することを前提として、この間毎年一八〇万円余の看護料及び治療費を要すると主張し、計二四〇〇万円余を請求している。

しかしながら、原告のように重篤な病状の患者が将来二〇年間余も生存する可能性は、経験則上稀有である。

2 加えて「将来の付添看護費用」は、訴訟法的には将来発生する積極損害を求める「将来の給付の訴」とその性質を同じくしている。

そして、民訴法第二二六条はその要件として「予め其請求を為す必要ある場合」に限定している。

反面、最高裁判所昭和四二年七月一八日判決(民集二一巻六号一五五九頁)は、後遺症と確定判決の既判力の範囲及び消滅時効の進行に関して「後日その治療を受けるようになるまでは右治療に要した費用、すなわち損害については時効は進行しない」旨、判旨している。

また、最高裁が、少年者死亡者の如く永い将来にわたって不確定な損害を算出しなければならない場合においては、一般に比して不定確さが伴うことから「出来うる限り蓋然性のある額を算出するよう努める」べきであり、「これに疑いがもたれるとき、特に遠い将来の収支の額に懸念があるときは、その算出期間を短縮する等の方法をとるべき」ことを指摘している。

3 これらの事実を総合すれば、本件においては、医学的に生存が期待しうる、「事故から五年程度」の看護費用のみが現時点において蓋然性ある損害額と言うべきであり、右期間内の損害についてのみ「将来の給付の訴」の要件を具備する損害である。

万一、判決によって認定された五年経過後尚、原告が生存する場合にはその時点において原告の身体状況を考慮した上で、原告の付添費用について再訴が許されることは前記判例の趣旨からみて当然である。

もし本件の如き、長き将来にわたっての積極損害を全額一時に被告が負担し、原告が不幸にして数年を経ずして死亡せんか、原告敏夫らはこれがため、不当に高額の利得を受けたことになり、他方被告は、不当な損失を蒙ることになり、極めて不公平となる。

事故によって被害者が不当な損害を蒙ってはならないと同様、何人も又事故によって不当な利益を得てはならないはずである。

以上の理由から、本件治療費・看護費用などの積極損害については、蓋然性の認められる長くとも事故後五年の範囲内で認定されるべきである。

(二)  逸失利益の算出について

原告は、峯子の逸失利益分として女子平均賃金を基準に将来二八年間分六、八一九、五七五円を請求している。

しかしながら同峯子は、受傷当時特別の職業を有していたわけでなく単なる家庭の主婦であったのであるから、収益性のない家事労働にのみ従事していた原告について積極的に逸失利益を肯定するのは妥当でない。

仮に何らかの理由によって主婦についての逸失利益を認める立場に立っても、同峯子のそれを算出するについて生活費を控除せず単純に平均余命年数を乗ずるのは公平でない。

原告は、同女が現況のように重篤な病状下にあっても尚六〇歳に達するまで生存することを当然の前提として、向う二八年間の生活費を控除することなく逸失利益を算出している。

しかし、一般人に比してきわめて劣悪な全身状態におかれた同患者が、健康人と同期間生存するであろうことを前提として逸失利益を算出することは著しく経験則に反し、かつ、損害の公正妥当な負担という損害賠償制度の理念にも反することである。

すなわち、原告主張の如き脊髄損傷に基く全身機能障害の患者は、不幸なことではあるが、一般的健康人に比して著しく生存期間が短縮されることは、経験則上明らかである。

もし原告主張の様に額を算出すると、結果的に被害者の遺族に対して不当な利益を与える反面、加害者側に著しい不利益をもたらすことになる。

いずれにせよ、本件の如く将来への蓋然性の判断が困難であるときは、特に患者が主婦である場合には、逸失利益を否定し公平な額の慰藉料で補完さるべきである。

(三)  定期払方式の妥当性

1 本件の如き重篤患者に対する賠償額を算出するについては幾多の矛盾不合理が存在し、当事者間の公平を維持することが困難であることから、最近、一時金賠償方式を一部修正した定期支払方式の妥当性が指摘されている(倉田「民事交通訴訟の課題」―定期金賠償試論―日本評論社)。現に本件においても藤井裁判官から、和解勧告案として「慰藉料・逸失利益として計三二一万円、及び既発生分治療費約一七〇万円を被告國光四・同若山六の割合で負担し、将来原告峯子生存中毎月治療費実費(当分の間一六万円)を被告両名前記の割合で負担する」旨の構想が示され、被告等においてこれを了解したが、原告側が最終段階で不満を唱え、和解が不成立に終ったという経緯もある。

2 又、同種事案(名古屋地方裁判所昭和四五年(ワ)第二一七七号事件)につき、名古屋地方裁判所は昭和四七年一一月二九日、積極損害については将来生存期間中その実費の支払を命じ、逸失利益については一旦死者同様生活費を控除して積算して得た額の一時支払を命じた上、被告に原告生存中一定額の生活費を定期的に給付させる方式の判決を言渡している。

3 現行法のワクの中で、しかも基本的には通説的一時金賠償方式に立脚して、前述の不合理・不公平を是正するための法理論として、右判決のそれは、よく推考された極めて貴重な方法論であり、実務的な解決方法として優れた説得性を有しており且、結論においても「公平の理念」によく合致している。

本件は、まさに右趣旨の定期金判決が最も妥当する事案である。

第五証拠≪省略≫

理由

一  交通事故の発生

請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故による原告峯子の負傷と治療経過

請求原因事実は当事者間に争いがない。

三  帰責事由

請求原因事実は当事者間に争いがないので、被告らは各自、本件損害賠償責任がある。

四  原告峯子の損害

(一)  治療費 金三、八九四、五九五円

≪証拠省略≫によれば、原告峯子の昭和四五年九月一日から昭和四八年四月三〇日までの入院治療費として、頭書の金員を要したことが認められ、右は相当な損害といえる。

(二)  付添看護費 金二、三〇三、四七二円

≪証拠省略≫によれば、原告峯子の昭和四五年九月一日から昭和四八年四月三〇日までの付添看護費として頭書の金員を要したことが認められ、右は相当な損害といえる。

(三)  付添人蒲団借賃 金二四、三二五円

≪証拠省略≫によって、頭書の金員を認める。

(四)  雑費 金二二四、〇〇〇円

原告峯子が名古屋第一赤十字病院に入院中一か月平均七、〇〇〇円の入院雑費を要したものと認められるので、昭和四五年九月一日から昭和四八年四月三〇日までの三二か月間では頭書の金員となる。

(五)  将来の入院治療費、付添看護費、雑費 金八、六五〇、一六九円

原告峯子の余命年数について判断する。

本件記録中にある武藤敏夫の戸籍謄本によれば、原告峯子は昭和一〇年八月一四日生れの女子であることが認められるから、昭和四八年五月現在満三七歳であるところ、厚生省の昭和四六年の簡易生命表によれば、同女の余命年数は四〇・六九年であることが認められる。

しかしながら、≪証拠省略≫によれば、原告峯子の容態は、次のとおりであることが認められ、この認定を妨げる証拠はない。

原告峯子は、本件事故により脊髄損傷、第六、第七頸椎脱臼の傷害を受け、事故発生直後からそのまま引続き名古屋第一赤十字病院に入院中であるが、四肢躯幹は完全に麻痺し、首の前後、左右の運動だけが可能である。ただ脳に障害はないので意識はあるが、屎尿は失禁状態となっており、膀胱の中に管を入れて採尿し、排便も自ら始末ができず、食事も付添人により口の中に軟菜を入れてもらわなければならない状態である。また、体温調節は自からできない。以上のような寝たきりの状態で回復の見込みは全くなく、現在の治療方法は、もっぱら、同女の死に直接つながる余病たとえば尿路系からの細菌の感染による膀胱炎、賢盂炎、敗血症、また、そのほか気管支炎、肺炎、蓐瘡等の併発を防ぐための処置である。そして、以前に比べると次第に体力が衰え、呼吸する能力が弱くなり、血液が正常の六〇パーセント位になり、赤血球数が減っており、その全身状態はだんだんと悪くなっており、ただ死を待つばかりの状態であり、このような病人の一般的余命年数はすでに経過している。なおまた、右のような容態であるので、看護人の付添をたえず要する。

以上のような容態であることを認めることができる。

右認定事実によると、原告峯子の余命年数が昭和四八年五月から原告ら主張の一七年間であるとはとうてい認めることができない。それならば、何年かということになるが、人の死期を予想するということは、神ならぬ人間のなしうる業ではない。しかしながら、当裁判所としては、損害賠償請求事件の損害額を算定評価する際の一要素として、しかもこれが原告側に立証責任の負わされている状態のなかで蓋然性のある控え目(短か目)な時期を認定すればたりると考えられるから、この見地に立って、原告峯子の余命年数を右認定事実から推認すれば、本件口頭弁論終結時である昭和四八年六月二二日から少なくとも後三年程度は生存できるものと認められる。これを基礎にして、以下の損害額を算定することとする。

1  入院治療費 金五、一一二、四三二円

≪証拠省略≫によれば、原告峯子の右病院における入院治療費は、昭和四八年二月から四月まで三か月を平均すると、一か月金一五六、〇〇〇円を下らないことが認められるので、ホフマン式計算法(年毎複式)により、年五分の割合による中間利息を控除して、昭和四八年五月一日から昭和五一年四月三〇日までの三年間の入院治療費の現価を算定すると金五、一一二、四三二円となる。

156,000×12×2.731(ホフマン係数)=5,112,432円(円以下切捨、以下同じ)

なお、口頭弁論終結時は昭和四八年六月二二日であり、昭和四八年五月から将来の給付分を算定し、その間に一か月余のずれがあるが、この程度の誤差は余命年数の正確性を勘案すれば、無視してもよいと考える。以下同じ。

2  付添看護費 金三、三〇八、三三三円

≪証拠省略≫によれば、原告峯子の右病院における付添看護費は、付添人の食事代、蒲団の借賃を含めて一か月金一〇〇、九五〇円であると認められるので、前1同様の方法により中間利息を控除して、昭和四八年五月一日から昭和五一年四月三〇日までの三年間の付添看護費の現価を算定すると金三、三〇八、三三三円となる。

100,950円×12×2.731(ホフマン係数)=3,308,333円

3  雑費 金二二九、四〇四円

原告峯子の右病院における入院雑費は、一か月平均金七、〇〇〇円を要するものと認められるので、前1同様の方法により中間利息を控除して、昭和四八年五月一日から昭和五一年四月三〇日までの三年間の入院雑費の現価を算定すると金二二九、四〇四円となる。

7,000円×12×2.731(ホフマン係数)=229,404円

(六)  逸失利益 金四、三八四、五五五円

原告峯子が前記二の後遺障害により、労働能力を完全に喪失したことは、右(五)冒頭の説示からして明らかである。

≪証拠省略≫によれば、原告峯子は本件事故当時、満三二歳の主婦であり、家事のかたわら農業および刺しゅうの内職に従事していたことが認められる。

そして、このような場合統計によって逸失利益を算定するのを相当と認めるところ、昭和四三年度の賃金センサスによれば、女子労働者(学歴計)の平均月間きまって支給する現金給与額は金二五、八〇〇円、平均年間賞与その他の特別給与額は金五八、七〇〇円であることが認められるから、年間では金三六八、三〇〇円となる。

25,800円×12+58,700円=368,300円

ところで、前記のとおり、同女の余命年数が後三年程であるとすれば、三年後の昭和五一年六月以降就労可能とみられる六〇歳までの期間は、すでに死亡したものと仮定せられたのであるから、この間の逸失利益を算定する際には、生活費を五〇パーセント控除するのが相当である。

以上の数値を基礎にして、ホフマン式計算法(年毎複式)により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると次のようになる。

1  昭和四二年九月五日(三二歳)から昭和五一年六月二一日(四〇歳)までの逸失利益 金二、四二六、五八一円

368,300円×6,5886=2,426,581円

2  昭和五一年六月二二日(四二歳)から昭和七四年八月一三日(六〇歳)までの逸失利益 金一、九五七、九七四円

(七)  慰藉料 金二、五〇〇、〇〇〇円

本件事故の態様、傷害の程度内容、治療経過、後遺障害(一級)、本件事故発生後の被告らの賠償状況、その他本件にあらわれた一切の事情を総合考慮すると、頭書の金員をもって相当と認める。

(八)  計 金二一、九八一、一一六円

(九)  損害の填補 金六、五〇〇、〇〇〇円

原告峯子が、右損害について、自賠責保険から金六、〇〇〇、〇〇〇円および被告若山から昭和四七年一一月二七日金五〇〇、〇〇〇円、合計金六、五〇〇、〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、これを右金二一、九八一、一一六円から控除すると残金一五、四八一、一一六円となる。

五  原告敏夫、同啓子の慰藉料

前記戸籍謄本によれば、原告敏夫は原告峯子の夫であり、原告啓子は娘であることが認められる。そして、原告峯子が死にも比すべき重傷を負ったことは前記四(五)で説示したとおりである。そうであれば、前記四(七)で説示したところと同様の理由により、近親者の慰藉料として、原告敏夫について金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告啓子について金五〇〇、〇〇〇円をそれぞれ認めるのが相当である。

六  弁護士費用 金一、〇〇〇、〇〇〇円

被告らが以上の損害金を任意に弁済しないため、原告峯子がやむをえず弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起、遂行を委任したことおよび相当額の報酬費用の支払を約したことは、本件記録および弁論の全趣旨にてらして明らかである。そして、本件訴訟の難易、請求額、認容額、その他諸般の事情を総合考慮すると、そのうち相当な損害と認められるのは頭書の金員である。

七  むすび

以上のとおりであるから、被告らは各自、

原告峯子に対し本件損害金一六、四八一、一一六円

原告敏夫は同金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告啓子は同金五〇〇、〇〇〇円

および右各金員のうち、原告峯子の弁護士費用一、〇〇〇、〇〇〇円を除くその余の各金員については事故発生の日である昭和四二年九月五日から、うち右弁護士費用については本判決言渡の日の翌日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある。

よって、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大津卓也)

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